13 12月

「沈黙=神の応答」

私のイメージする神の沈黙が何を意味するのかである。人間にとって、都合よい願いや祈りに応答するような方ではなく、その時にこそ、「在って在る」と自己主張するのみである。後は、沈黙のみ。沈黙は「聞き手の本質」に関係するといわれるが、沈黙には、次のような二つの意味があると私はうけとめる。
一つは、「神の内的沈黙」である。もう一つは、「神の外的沈黙」である。
前者は、人間の本質的叫びに徹頭徹尾「傾聴」する。後者は、人間の本質が破られ、その「在って在る」の主体的応答の業となる。
いずれにせよ、沈黙とは、神の応答なり。故に、神の本質と人間の本質の接点なる。