25 2月

〈心の栄養素〉と命の生命線の土台となる精神の「回復」と人間性の「回復」

精神界に生かされている人間とって「回復」以外に望むものはない、と謂っても過言ではない。精神界の作業所の1つであったグレースハウスで一番最初に与えられた重要なテーマが①「作業しない作業所」と②「当事者主体」と謂う理念の実現であった。当時のことを想起して正直に告白するならば、①と②の理念の実現を求めていた当事者の日々の姿に落胆していた己の〈存在〉に、ある日、気づいた。その後、二年間ぐらいが、彼女・彼らの〈病気の視点〉を抜きにした、〈個〉の〈怒り〉が頂点に達して爆発の連続的日々であった。何故ならば、①と②の理念の実現を夢見る当事者たちが話している内容と謂えば、「学歴」の話と「女子」の話ばかりだったからだ。老いも若きも「女子」の話になると病気とその「回復」が、どこかに吹っ飛んでいた。「女子」の尊厳を傷つける話も多かった。だから、先程も伝えたが、グレースハウスに関係してからの二年間ぐらいが〈心〉の爆発の連続の時期であった。それらを乗り越えて、このように皆さんの前に立って「心の対話」を共有しているのが〈奇跡〉のように思えるのだか〈奇跡〉ではないのだ。つまりだ。「沈黙」の摂理〉に包まれていたのだ。当事者にとっては、「回復」が何よりも〈心の栄養素〉であり、命を維持する生命線であることに気づきだしたから〈今〉があるのだ。同時に、〈個〉にとっての〈今〉である。