29 3月

精神界における〈個〉の〈心の炎〉

〈個〉の私は、21年前に当事者の一人と出会い、精神界の課題を共に担ってくれないか、と頼まれたのがキッカケとなり〈今〉に到っている。その時から、当事者が主体となり、私は、その鞄持ち的立場となって無認可作業所:グレースハウスのスタッフの一人となった。精神界における無認可作業所に通所する当事者たちの課題を行政の担当者にぶつけて戦闘モードの中にあったグレースハウスであった、と記憶する〈個〉である。私は、いつも、その傍らで、当事者が背負っている課題と向き合っていた。帰宅するのが夜遅くなる時があったので、彼の居宅近くまで車で送る日々が続いた。特に、本人が岐路に着く前に調子がよくない時などは、私自身も自宅に帰るのが夜遅くなった。何故ならば、彼には、帰る前の、彼なりの儀式があったからだ。その儀式が終わるのに、時として、時間がかかった。だから、正直に言えば、私は疲れきっていた。その中で、彼が何の儀式をしているのか。それが解るまで戸惑いと時間がかかった。しかし、それを通して、精神界における「病常識」の「回復」の重要性に気づかされた。また、〈個〉の私の疲れが蓄積すればするほど〈生き甲斐〉と言う次元が与えられ〈心の炎〉が燃えあがるのを感じていた。だから、むしろ、〈意味ある人生〉が与えられたと言う実感が強くて〈感謝〉する日々であった。いやいや、それは、過去のことではなく、今でも同じである。私が前にする皆さんには、日々、伝えているように、今でも、皆さんの顔を見た瞬間に、〈個〉の〈心の炎〉が燃えあがり〈精神的元気〉が与えられている。本当に幸いなる〈個〉である。これからも〈感謝〉の心を忘れずに取り組んでゆく〈決意〉である。歳を重ねど〈個〉の〈決意〉が萎えることはない。